このたび、2022年12月20日に私の新しい論文「経過措置型医療法人に対する留保金課税の導入に関する検討」が公表されました(『和光経済』第55巻第2号)。この記事では、この論文について紹介します。
論文原稿は、次のページからダウンロードできます(2023/2/3追記)
研究の背景
第5次「医療法」改正
第5次「医療法」改正により、わが国の社団医療法人に関しては、原則として、①法人解散時に社員に対して残余財産を分配すること、および、②社員退社時にその社員の持分に相当する法人財産を分配することが禁じられるようになりました。
わが国の医療法人は、伝統的に、配当が禁じられていること(「医療法」第54条)をもって営利法人たる会社と区別されると説明されており、株式会社が医業を営むことを事実上禁止していました(昭和25年8月2日厚生事務次官通達(発医第98号)「医療法の一部を改正する法律の施行に関する件」第一、二・四)。しかし、医療法人に関しては、解散時または退社時に法人財産の分配を行うことが禁じられていないことや、報酬、関連法人(MS法人)を通じて、事実上、社員に対して配当と同様の経済的効果をもたらす行為を行うことが可能であり、また、実際にそのような行為が行われていたことも観察されていたことから、本当に「剰余金の配当が禁止されていると言えるのか」については、かねてから疑問もあがっていました。
2000年代前半、当時、精力的に規制緩和をすすめていた政府は、このような実態に鑑み、医療法人の経営実態は株式会社のそれと変わっておらず、株式会社の医業参入を禁じる根拠はもはやなくなっているとして、厚生労働省に対し、株式会社の医業参入を解禁することを検討するよう要請しました(規制改革・民間開放推進会議「規制改革・民間開放の推進に関する第1次答申―官成市場の民間開放による『民主導の経済社会の実現』―」2004年)。
この政府からの要請に対して、厚生労働省がとりうる選択肢としては、①医療法人の間で「事実上の配当」が行われていることを認めたうえで株式会社の医業参入を認めるか、②医療法人の非営利性を強調したうえで、あくまでも株式会社とは違うとするかの2つが考えられますが、厚生労働省が選択したのは②でした。第5次「医療法」改正において、配当によらない法人からの財産の分配が禁止されるようになったのは、株式会社の医業参入を阻止するために、譲歩しなければならなかった部分ということなのでしょう。
経過措置型医療法人という例外措置
第5次改正「医療法」の施行にあたって、その施行日前に設立・設立申請されていた医療法人に対しては、「当分の間」定款を変更するための猶予期間が与えられることになりました。この「当分の間」について、具体的な期間の定めはなく、第5次改正「医療法」が施行された2007年から15年が経過した今もなお、多くの医療法人は定款の変更を行っていない状況が続いています。2007年3月31日現在、定款上で社員の法人財産に対する持分請求権が認められている社団医療法人の数は43,203法人ありましたが、2022年3月31日現在でもなお37,490法人が定款変更を行っていないのです。経過措置型医療法人とは、この第5次改正「医療法」にしたがって社員の持分を放棄することをまだ行っていない医療法人のことをいいます。
政府は、経過措置型医療法人の定款変更を促進するため、これまで様々な施策を行ってきました。定款変更を行った場合に必要となる相続税や贈与税の負担を一定の条件で免除する認定医療法人制度も創設しました。しかし、多くの経過措置型医療法人では、これが無視されています。さらには、四病院団体(日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会、日本精神科病院協会)をあげて、早期の移行を目的として期間限定で設けられている認定医療法人制度の延長を求めたり、それとは別枠で相続税や贈与税を猶予・免除する旨の要請を出していたりと、第5次「医療法」改正を有名無実化しようとする動きまで見せています(四病院団体協議会「令和5年度税制改正要望の重点事項について」)。
株式会社の医業参入を排除する目的で非営利性を強化した以上、その設立時期にかかわらず、すべての医療法人は第5次「医療法」改正の趣旨に沿って定款の変更を行わなければなりません。現在の経過措置型医療法人のように、自分たちの世代が生み出した問題の解決を次の世代に押し付ける一方で、自分達だけは意地でも既得権益を手放さないというのは許されることではないでしょう。
バブルが崩壊してから30年以上が経過し、私達『氷河期世代』はすっかり棄民されてしまった感が否めないのですが、なんとか生き延びた側の人間として、次の世代に「本当の意味で」ツケを残さないためには、このような「失われた〇〇年」時代の勝ち組所作をしっかりと否定することが大事だと思い、本稿を執筆しました。
なぜ留保金課税か
第5次「医療法」改正の趣旨が非営利性の強化にあった以上、これに反して定款変更を行っていない経過措置型医療法人は株式会社と同様の取り扱いを受けるべきというのが発想の端緒になります。税務上、社会医療法人以外の医療法人は普通法人として、株式会社と同様の取り扱いを受けているのですが、留保金課税については、「会社ではないため適用対象から除外される」と説明されてきました。
しかし、そもそも留保金課税は、法人を設立することによる課税の回避・繰り延べを防ぐための措置である以上、課税回避の意図がある行為については、それが営利法人であろうと非営利法人であろうと適用が検討されてしかるべきであろうと思われます。近年、非営利法人を利用した脱税スキームに対して税制上も制度の引き締めが進められてきており、医療法人だからといって無条件に適用対象から除外すべきということにはならないでしょう。
目次
- はじめに
- 留保金課税の適用対象と特別税額の計算方法
- 留保金課税の適用対象
- 留保金課税における特別税額の計算
- 経過措置型医療法人における社員持分の位置づけ
- 医療法人の個人「企業」化の歴史的経緯
- 第5次「医療法」改正の趣旨
- 経過措置型医療法人の定款変更が進まない理由
- 経過措置型医療法人に対して留保金課税を行うことの意義
- 経過措置型医療法人に対して留保金課税を行わないことの問題
- 個人レベルの非営利性は存在しない
- 経過措置型医療法人に対して留保金課税を行うにあたって考慮すべき事項
- 個人による経営支配の判定基準
- 小規模法人に対する留保金課税の免除
- 経過措置型医療法人の経営実態に見合った留保控除額の設定
- おわりに
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