省令「医療法人会計基準」第8条では、貸借対照表に設けるべき表示項目の区分について規定されています。
第8条 貸借対照表は、資産の部、負債の部及び純資産の部に区分し、更に、資産の部を流動資産及び固定資産に、負債の部を流動負債及び固定負債に、純資産の部を出資金、基金、積立金及び評価・換算差額等に区分するものとする。
資産、負債、純資産を分けて表示
貸借対照表は、会計年度の末日における資産、負債、純資産の状況を表示するものですが(第7条 貸借対照表の表示)、これらが区分されず、ごちゃごちゃに表示されていると、貸借対照表の利用者にとって、次のような問題があります。
- 貸借対照表の利用者がその内容を理解するにあたって、情報を整理するための一手間が増える
- 正しく情報を整理することができなかった場合、医療法人の資産、負債、純資産の状況を正しく理解することができない
- 情報整理のための手間を面倒に感じて、貸借対照表の理解、分析をやめてしまう可能性もある
- 情報が整理されずに公表されてしまうことは、そもそも第7条において求めれられている資産、負債、純資産の状況の「明瞭な表示」に反している
第7次「医療法」改正において、「医療法」第51条第2項適用法人に対して貸借対照表や損益計算書の公告が求められるようになったのは、隠された経営実態をオープンにすることで、社会一般の人々からの不信感を払拭することを期待してのことです。情報が公表されても、それが人々にとって分かりにくいものであれば、そもそもの立法趣旨と整合性を欠きます。
資産、負債、純資産の状況の開示は、すでに貸借対照表の目的として掲げられていることですが(第7条 貸借対照表の表示)、それらの情報が利用者にも分かりやすく伝わるものになるよう、形式面でも重ねて規定が設けられているわけです。
資産・負債の区分―流動・固定分類
資産と負債については、それぞれ流動、固定の2つに区分されます。流動資産、流動負債とされるものを先に決め、残ったのものが固定資産、固定資産となります。
流動・固定分類の基準
正常営業循環基準
まず、資産、負債のうち、正常営業循環過程にあるものは、すべて流動資産、流動負債となります。正常循環過程とは、法人の収益獲得に直接かかわる活動のことをいい、医療法人において、正常営業循環過程にある資産、負債を具体的にあげれば次のようなものになります。
- 物品の販売に係るもの
- 患者等に提供される物品(医薬品、松葉づえ、コルセットなど)
- これらの物品を購入するにあたって生じた債務(買掛金、電子記録債務など)
- これらの物品を販売するにあたって生じた債権(医業未収金)
- サービスの提供に係るもの
- 診察、検査、治療、療養その他のサービスの提供するにあたって必要となる物品、サービスの調達にあたって生じた債務(買掛金、電子記録債務など)
- これらのサービスを提供するにあたって生じた債権(医業未収金)
なお、正常営業循環過程にある資産、負債については、次の1年基準の適用はありません。
1年基準
正常営業循環過程にない資産、負債については、会計期間の末日の翌日(翌期首)から1年以内で消滅(消費)、決済されるものが流動資産、流動負債となります。流動資産、流動負債に該当するものには次のようなものがあります。
- 流動資産に該当するもの
- 預金(預入期間がないもの、預入期間が1年以内に終了するもの)
- 物品(事務用消耗品など)
- 債権(未収入金、貸付金など。1年以内に決済されるもの)
- 流動負債に該当するもの
- 金銭債務(未払金、借入金など。支払期日が1年以内に到来するもの)
なお、預入期間、決済・支払期日などがあるものについては、たとえ同じものであっても、それらの期日によって表示される区分(流動か固定か)ことに注意が必要です。
正常営業循環基準、1年基準のいずれの基準によっても流動資産、流動負債とならなかったものは、固定資産、固定負債として処理されることになります。
流動・固定を区別する意味
流動資産、流動負債は、次の会計年度における財産の状況を占ううえで比較的重要性が高い資産、負債となります。正常営業循環過程にある資産や負債が次の会計年度における財産の状況に直結するのはその定義から明らかです。正常営業循環基準において流動資産、流動負債に該当しないとされたものについても、1年基準によって流動資産、流動負債に分類されたものについては同様のことがいえます。多くの場合、会計期間の長さは1年間ですから。
貸借対照表は、毎日情報がアップデートされるものではなく、原則として、会計期間ごとに作成、公表されます。ある会計期間の貸借対照表が公表されたら、次に公表されるのは基本的に1年後です。流動・固定分類を行う意味は、この次に新しい情報が公表されるまでの状況を貸借対照表の利用者が想定するにあたって重要性の高い情報とそうでない情報を区別できるようにすることにあります。
純資産の区分
純資産の部は、基金、積立金、評価・換算差額等に分類されます。ただし、基金制度を採用していない場合は基金の項目はなく、評価・換算差額等がない場合は評価・換算差額等もなくなります。
基金の取り扱い
基金制度は、第5次「医療法」改正によって社団医療法人の財産に対する社員持分を認める規定を設けることが禁じられたことを受けて設けられたもので、社団医療法人の財産に対する社員持分に係る規定がない医療法人のみに認められます(このような医療法人であっても基金制度を採用しないことは可能)。
基金は、返還請求権を有する社員に対して弁済すべき金額となりますから、その会計学的性格は負債に似ています。しかし、その返還にあたっては、返還した金額に相当する金額を代替基金として留保することが求められていることから(「医療法施行規則」第30条の38第3項・第4項)、もともと基金として受け入れた金額に相当する金額は、基金の返還前も返還後も、結局その医療法人に留保されることなります。このため、基金は第三者に対する負債としてではなく、純資産として取り扱うことになっています。
経過措置型医療法人の取り扱い
第5次改正「医療法」前に設立(設立手続の開始を含む)社団医療法人で、法人財産に対する社員持分を認める規定が廃止されていないもの(経過措置型医療法人)については、出資金という区分を別途設けます。経過措置型医療法人自体が消滅が予定されている法人形態であることから、貸借対照表のひな型(第一号様式)に直接掲載することはせず、脚注での補足にとどめられています。
社団法人は、人の集まりに対して法人格が与えられるものであるため、法人財産はその構成員(社員)の共有財産として取り扱われるのが本来の形になります。しかし、第5次「医療法」改正によって、社員の持分請求権はすでに認められなくなっていますから、貸借対照表上、もともとの出資額(資金拠出額)を明示して元手と剰余金を区別して「元本割れ」になっている状況を関する情報を開示する必要性は、経過措置型医療法人以外の医療法人についてはすでになくなっています。
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