省令「医療法人会計基準」第9条では、貸借対照表に記載される資産の価額(貸借対照表価額)について規定されています。
第9条 資産については、その取得価額をもって貸借対照表価額としなければならない。ただし、当該資産の取得のために通常要する価額と比較して著しく低い価額で取得した資産又は受贈その他の方法によって取得した資産については、取得時における当該資産の取得のために通常要する価額をもって貸借対照表価額とする。
取得価額による記載
取得価額主義
すべての資産は、原則として、その取得価額によって貸借対照表に記載しなければなりません。
取得価額とは、取得した資産(有体物だけでなく、知的財産権をはじめとする権利を含みます)を、その取得の目的のために使えるようになるために要した金額のことをいいます。この金額には、取得した資産自体の金額(購入代価)だけでなく、配送費、据付費、登記・登録費用、試運転費などの各種の費用(付随費用)も含まれます。
なお、財務会計では取得原価という言葉が使われますが、省令「医療法人会計基準」では、「法人税法」をはじめとする各種税法の定めと同じく取得価額という言葉が使用されています。
取得価額によって記録が行われるメリットには、次のようなものがあります。
- 取得にあたり第三者に対して実際に支払う金額が使用されるため客観性が高い(その金額について相手側〔第三者〕の承認がある)。
- 代金等の支払いにあたって領収書等の証憑の受け渡しが行われているため検証可能性・追跡可能性がある。
- 原則として、取得後の増額・減額が行われないため、資産の評価額の増減に伴う純資産の増減が各期の利益計算に含まれることがない(未実現利益が計上されない)。
貸借対照表に記載される金額を取得価額とすることにより、貸借対照表に記載される金額の客観性が確保できるだけでなく、利益の確実性も確保できることになるわけです(将来に取り消される可能性がある利益・損失の額が計上されない)。
無償取得・低廉取得の場合
ただし、資産を無償で取得した場合(寄贈を受けたなど)や、通常よりも著しく低い金額で取得した場合は、その資産を取得したときの価額(時価)をその取得価額としなければなりません。
もし、実際に支払った金額だけが取得価額となるとしたら、無償で取得した資産の取得価額はゼロ、著しく低い価額で取得した資産の取得価額はその著しく低い価額となるわけですが、省令「医療法人会計基準」では、そのような金額を使用することは認められません。
前節で省令「医療法人会計基準」では、取得原価ではなく、取得価額という税法上の言葉が使用されると説明しました。税法では、資産を取得した側が受けた経済的利益も課税の対象となっています。無償で資産を得られる、通常よりも著しく低い金額で取得できるというのは、どちらも経済的利益に該当しますから、それらの利益を受けたタイミングでその金額は益金に算入され、課税が行われます。
資産の勘定に計上した金額は、その後、売却(売上原価など)や償却(減価償却費など)を通じて損金の額に算入されます。もしこれらの経済的利益の額を取得価額に算入しないと、実際に対価を支払ったわけでもないのに税金がとられて終わりになってしまいますが、取得価額に算入すれば、それだけ損金の額に算入される額が増えますから、全体としてプラスマイナスゼロとなります。経済的利益を取得価額に算入することで、実際に支払ってもいない金額に対して行われた課税を取り戻すことができるのです。
貸借対照表上の金額が取得価額とならない場合
ただし、次のようなものについては、貸借対照表に記載される資産の金額がその取得価額とはなりません。
有形固定資産・無形固定資産(償却額を直接控除している場合)
有形固定資産、無形固定資産については、その取得価額をそれらが使用される期間にわたって配分し、費用となければなりません。すでに各期において費用とされた金額のことを減価償却累計額といいますが、貸借対照表の作成にあたって、この金額を有形固定資産、無形固定資産の取得価額から直接控除している場合、その金額はそれらの資産の取得価額よりも小さくなります。
省令「医療法人会計基準」に示されている様式第一号(第7条参照)や厚生労働省医政局指導課長発通知「医療法人における事業報告書等の様式について」(最終改正令和2年12月25日)の貸借対照表には減価償却累計額の項目が明示されていないため、この直接控除の方法で記載を行っている医療法人も少なくないかと思われますが、この場合、貸借対照表に記載される有形固定資産、無形固定資産の金額は取得価額とはなりません。
一方、貸借対照表上で、取得価額から減価償却累計額の控除を行っている場合(間接控除の場合)は、どちらの金額も別々に表示されますから、有形固定資産、無形固定資産の取得価額は貸借対照表上も明らかにされます。この方法の方が、総額表示(第5条)の考え方には則した表示方法となります。
なお、どちらの記載方法を採用している場合であっても、附属明細表のひとつである「有形固定資産等明細表」(厚生労働所医政局長発通知「医療法人会計基準適用上の留意事項並びに財産目録、純資産変動計算書及び附属明細表の作成方法に関する運用指針」(最終改正平成30年12月13日)第27項)に取得価額や減価償却累計額は記載されることになります。
金銭債権(貸倒引当金等を直接控除している場合)
医業未収金、貸付金のような金銭債権については、将来の貸倒れに備えて貸倒引当金が設定されることが一般的ですが、ここで設定された貸倒引当金についても直接控除の問題が生じます。すなわち、貸倒引当金の設定額を控除した金額を金銭債権の額として表示した場合は、その金額は金銭債権の取得価額と一致しなくなります。
なお、この場合は、金銭債権の額、ここから控除した金額、控除後の残額を貸借対照表の注記として示さなければなりません(厚生労働所医政局長発通知「医療法人会計基準適用上の留意事項並びに財産目録、純資産変動計算書及び附属明細表の作成方法に関する運用指針」(最終改正平成30年12月13日)第12項)。
その他の項目
その他、経過勘定項目(前払費用、未収収益)や繰延税金資産については、その性質上、取得価額がそもそも存在しないため、貸借対照表に記載される資産ではありますが、取得価額による表示とはなりません。
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