省令「医療法人会計基準」第10条では、貸借対照表に記載される固定資産の価額(貸借対照表価額)について規定されています。
第10条 固定資産(有形固定資産及び無形固定資産に限る。)については、次項及び第3項の場合を除き、その取得価額から減価償却累計額を控除した価額をもって貸借対照表価額とする。
2 固定資産(次条に規定する有価証券及び第12条第1項に規定する金銭債権を除く。)については、資産の時価が著しく低くなった場合には、回復の見込みがあると認められるときを除き、時価をもって貸借対照表価額とする。
3 第1項の固定資産については、使用価値が時価を超える場合には、前二項の規定にかかわらず、その取得価額から減価償却累計額を控除した価額を超えない限りにおいて使用価値をもって貸借対照表価額とすることができる。
固定資産とは
固定資産とは、医療法人が会計年度の末日(期末)に有する資産のうち、正常営業循環過程になく、かつ、期末から1年のうちに使用、換金されることのないものをいい、具体的には、建物、構築物、器械備品、車両運搬具、土地(以上、有形固定資産)や、借地権、ソフトウェア、知的財産権(以上、無形固定資産)などが該当します(第8条 流動・固定分類参照)。
固定資産は、複数の会計年度にわたって使用され続けるものですが、その一方で、利益計算は会計年度ごとに行わなければなりません。固定資産の取得価額を、ある特定の会計年度に一度にまとめて費用計上をすると、他の期間とまったく同じ活動をしていたとしても、その期間だけ費用計上される金額が大きくなってしまうため、他の会計期間と利益を比較できなくなってしまいます。利益は、法人の活動状況を表す代表的な指標のひとつで、これが使えなくなると会計情報の価値が著しく低下してしまいます。
このため、固定資産については、その取得価額をそれが使用される期間にわたって配分する減価償却(有形固定資産の場合)、償却(無形固定資産の場合)という手続が必要となります。省令「医療法人会計基準」第9条では、資産の貸借対照表価額を原則として取得価額とすることを定めていますが、第10条では、貸借対照表上、過年度に行った減価償却または償却の状況が分かるように、この原則に修正を加えています。
第1項 評価の原則
固定資産については、原則として、その取得価額から減価償却累計額を控除した価額を貸借対照表価額としなければなりません。
減価償却累計額とは、これまで(当会計期間を含む)に各会計期間の費用(減価償却費)として計上した金額の合計額をいいます。このため、取得から減価償却累計額を控除した価額(未償却残高)は、固定資産の取得価額のうち、まだ費用として計上されていない金額(今後の会計期間において費用となる金額)のことを意味します。
減価償却累計額は、減価償却の仕訳を間接法で行っている場合にのみ使用される勘定になりますが、直接法(各会計期間の減価償却費の額を固定資産の帳簿価額から直接減額していく方法)を採用している場合も、当然この規定は有効です。この場合は、各会計期間の減価償却費の額が減額された固定資産の帳簿価額を貸借対照表価額として使用することになります。
なお、省令「医療法人会計基準」の定めにかかわらず、固定資産の取得価額と減価償却累計額を別々に表記し、貸借対照表上で減価償却累計額を控除する方法で表記する方法(間接控除方式)によることも認められます(厚生労働省医政局医療経営支援課事務連絡「医療法人会計基準について(Q&A)」(平成30年3月30日)、Q9)。
第2項 強制評価減
固定資産の時価が著しく低下し、回復の見込みがあると認められないときは、第1項の原則にかかわらず、固定資産の貸借対照表価額を時価まで切り下げなければなりません。これを強制評価減といいます。なお、回復の見込みについて判断できない場合は、「回復の見込みがあると認められる」場合に該当しませんから、強制評価減の規定の適用を受けることになります。
時価
固定資産の時価とは、会計期間の末日における固定資産の中古品としての見積売却価額のことをいいます(「法人税法解釈通達」9-1-3)。新品としての価額(時価)でも、ジャンク品としての価額(廃材・廃品の買取価額)でもありません。
比較の対象
時価と比較する固定資産の価額は、その固定資産の貸借対照表価額、すなわち取得価額から減価償却累計額を控除した残額(未償却残高)となります。強制評価減は、固定資産の時価が未償却残高と比べて著しく低い場合に行われる手続です。
時価が低下した原因
「法人税法施行令」第68条第1項第3号では、固定資産の時価が低下した原因として認められる事実について、次のものを列挙しています。
- 物損等の事実
- 災害による著しい損傷
- 1年以上の遊休状態
- 他の用途への転用
- 固定資産が所在する場所の状況の著しい変化
- 上記に準じる事実
- 法的整理の事実(再生手続による評定など)
一方、次のような事実がある場合、強制評価減の適用は認められません(「法人税法解釈通達」9-1-17)。
- 過度の使用、修理の不十分等
- 減価償却・償却を行わなかったことによる償却不足
- 当初取得価額が同種資産の取得に要する価額よりも低い(低額取得)
- 製造方法等の急速な進歩による旧式化
減価償却、償却を行わない場合、帳簿価額は取得時のままですが、時価は通常時間の経過とともに低下していきます。償却不足を理由とする強制評価減を認めてしまうと、固定資産の取得価額をその使用期間にわたって配分するという減価償却、償却のそもそもの目的が成立しなくなってしまいます。2.はこのような事態を防ぐための措置となります。
第3項 使用価値
第3項は、固定資産の貸借対照表価額にあたって使用価値を使用することが認められる場合についての規定です。使用価値とは、その固定資産を使用することによって得られると期待されるキャッシュフローの割引現在価値のことをいいます。法人外部の市場に評価を委ねる時価とは違い、使用価値は原則として法人自ら見積もる必要があります。
減損会計
使用価値による評価について理解するためには、先に、この使用価値が必要とされる状況である減損会計について知っておく必要があります。
減損会計とは、「すべての経済主体は経済的に合理的な行動をする」ことを前提とした処理になります。この「経済的に合理的な行動」とは、経済主体にとって最も経済的メリットがある行動のことをいいます。この行動について、さらに具体的にいえば、ある資産について、①そのまま使用し続けた場合に得られるキャッシュフロー(使用価値)と、②使用を中止した場合に得られるキャッシュフロー(正味売却価額≒時価)を比較して、①が②よりも大きい場合は使用を継続し、①が②よりも小さい場合は売却するということになります。
企業会計においては、資産の時価がその未償却残高を下回っているときに、上記の①と②のどちらか大きい方まで帳簿価額を切り下げることが求められています(「固定資産の減損に係る会計基準」二、3)。これは、投資家をはじめとする利害関係者に対して、予見される将来の損失に関する情報を前倒しで提供することで、利害関係者が不測の損害を被らないようにするという狙いがあります(保守主義)。
しかし、医療法人に関しては減損会計の適用は任意です。第10条第3項でも「使用価値をもって貸借対照表価額とすることができる」と規定されているだけです。医療法人には、これに直接出資を行う第三者の「投資者」が存在しないこと、金融機関は公告される計算書類に依存せずとも独自に融資先(医療法人)の信用調査を行うことができることなどがその理由として考えられます。
「公益法人会計基準」の規定との関係
使用価値による評価に関する記述について、省令「医療法人会計基準」起草にあたっての前提とされた四病院団体協議会の「医療法人会計基準に関する検討報告書」では、次のように説明されています。
当該文言[使用価値による評価額を貸借対照表価額として使用することを認める記述-引用者追記]は、同じ民間非営利法人である「公益法人会計基準」とまったく同じであり、減損会計をそのまま導入していない公益法人に足並みを揃えることを意図したものである。
四病院団体協議会会計基準策定小委員会「医療法人会計基準に関する検討報告書」平成26年2月26日、3(8)
ここで言及されている「公益法人会計基準」(令和2年5月15日最終改正)では、使用価値の使用について次のように規定されており、この書きぶりは四病院団体協議会版「医療法人会計基準」と同様です。
資産の時価が著しく下落したときは、回復の見込みがあると認められる場合を除き、時価をもって貸借対照表価額としなければならない。ただし、有形固定資産及び無形固定資産について使用価値が時価を超える場合、取得価額から減価償却累計額を控除した価額を超えない限りにおいて使用価値をもって貸借対照表価額とすることができる。
「公益法人会計基準」第2、3、(6)
一方、省令「医療法人会計基準」では、強制評価減の規定(第2項)と使用価値の使用に関する規定(第3項)が2つに分割されています。これを文字通りに解釈すれば、強制評価減が行われる場面に限定して使用価値の使用を認める「公益法人会計基準」とは違い(参考:日本公認会計士協会「公益法人会計基準に関する実務指針(その3)」Q1)、省令「医療法人会計基準」では、使用価値が未償却残高を下回るときに(強制評価減が行われない場面においても)使用価値の使用が認められているように見えますが、その詳細について明らかにされている資料は見当たりませんでした。
なお、省令「医療法人会計基準」の規定が税法の定めを前提としているとするならば、減損会計自体、税法上認められるものではないため(減損損失は損金不算入)、この点について議論をする必要はそもそもないのかもしれません。
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