個人事業では,ビジネスのために使用される財産と事業主がプライベートで使用する財産とが明確に区別されていないことがあります。自宅に事務所を開いていることもあるでしょうし,プライベートの買い物をするときにお店のレジに入っているお金を持ち出すこともあるでしょう。事業主にとっては,ビジネス用であろうとプレイベート用であろうと,どちらも「自分の財産」であることに変わりませんから,わざわざ両者を区別する必要性を感じることもないでしょう。
しかし,簿記の世界では,ビジネス用の財産とプライベート用の財産とを明確に区別しなければならないこととされています。これは,財産を分けておかないと,そのビジネスからどれだけの利益を稼ぐことができたかを正しく計算できないからです。お店に保管されているお金をプライベートな買い物のために使ったり,逆に,お釣りが足りないからといってプライベート用のお金をレジに補充したりすると,ビジネスを通じてどれだけ稼ぐことができたかを正確に把握できなくなってしまいます(財産の増減がビジネスによるものか,プライベートによるものかわからないため)。
ビジネス用のお金とプライベートのお金を分けていない場合
会社の簿記が会社の財産を記録するものであるように,個人事業で行われる簿記もビジネス(事業)の財産を記録するものでなければなりません。しかし,ビジネス用の財産とプライベート用の財産を分けていない場合,ビジネス(事業)の財産をそもそも特定することができません。このため,このようなケースでは,会社の簿記にあるような現金,預金といった勘定をそもそも使用することができません(ビジネス専用の現金,ビジネス専用の預金という考えがそもそもない)。
このため,個人事業では,通常の場合とは異なる形で仕訳が行われていくことになります。
ビジネスのためにお金を使った場合
ビジネスのためにお金を使ったときは,次のように仕訳を行います。
借方科目 | 借方金額 | 貸方科目 | 貸方金額 |
---|---|---|---|
旅費交通費 | 3,000 | 事業主借 | 3,000 |
ビジネスのお金とプライベートのお金が区別されていない場合,ビジネス専用の現金というものがそもそも存在しません。簿記は,ビジネスの立場から行われなければならないので,ビジネス専用の現金がない以上,会社の簿記と同じように貸方を現金とするわけにはいきません。そこで,このようなケースでは,(ビジネスという事業主とは別の存在が)事業主からお金を借りたと考えて,事業主借(じぎょうぬしかり)勘定を使って記録を行います。上の仕訳は,「旅費交通費を支払うために事業主からお金を借りた」という意味になります。
プライベートに発生した経費の一部をビジネスの経費とする場合
自宅でビジネスを行っている場合,自宅の家賃(借家の場合)や水道光熱費をビジネスのために要した経費として算入することができます。ただし,自宅はプライベートでも使用される場所ですし,水道光熱費もプライベートでも発生するものですから,家賃や水道光熱費の全額をビジネス上の経費とすることはできません。
このようなビジネスのためにもプライベートのためにも使用される財産については,その発生額を一定の割合でビジネスの部分とプライベートの部分とに分ける必要があります。この発生額を分けるために使われる割合のことを経費割合といいます。この経費割合は,活動時間などの合理的な基準をもって決定します。税務署から照会があったときは,経費割合の妥当性について自ら説明することが必要となりますので,その説明ができるように準備をしておく必要があります。
たとえば,家賃が100,000円,経費割合が30%であったとすると,家賃のうちビジネス上の経費として認められる金額は30,000円(=100,000円×30%)となりますので,この金額を使って次のように仕訳を行います。
借方科目 | 借方金額 | 貸方科目 | 貸方金額 |
---|---|---|---|
支払家賃 | 30,000 | 事業主借 | 30,000 |
さきほどと同じように,(ビジネスという事業主とは別の存在が)事業主からお金を借りて家賃を支払ったと考えて,事業主借勘定を使用します。
ビジネスを通じて稼いだお金をプライベートのお金に組み込んだ場合
一方,これらとは逆に,ビジネスを通じて稼いだお金を事業主が自分の財布や預金口座に入れてしまった場合は,次のように仕訳を行います。
借方科目 | 借方金額 | 貸方科目 | 貸方金額 |
---|---|---|---|
事業主貸 | 10,000 | 売上 | 10,000 |
この場合,(ビジネスという事業主とは別の存在が)事業主に対して売上代金を貸したと考えて,事業主貸(じぎょうぬしかし)勘定を使って記録を行います。上の仕訳は,「商品を売り上げてそのお金を事業主に渡した」という意味になります。
ビジネス用の財産とプライベート用の財産を分けている場合
事業主からの元入れの処理
ビジネス用の財産とプライベート用の財産を分ける場合,事業を立ち上げたときにビジネス用の財産を(記録上)確保する必要があります。たとえば,プライベート用に持っていた現金100,000円をビジネス専用の財産として管理することにした場合は,次のように仕訳を行います。
借方科目 | 借方金額 | 貸方科目 | 貸方金額 |
---|---|---|---|
現金 | 100,000 | 元入金(事業主借) | 100,000 |
ビジネスの「元」手として投「入」された(簿記はビジネスの立場から行うので「投入した」ではなく「投入された」です)という意味で元入金(もといれきん)勘定を使用しますが,ここは事業主借勘定でもどちらでも構いません。事業主がビジネスのために投下したお金という意味ではどちらも変わらないからです。
ビジネス専用の財産については会社と同じ勘定を使える
ビジネス用の財産とプライベート用の財産を分けているときは,ビジネス専用の財産を特定することができますので,会社で行われる簿記と同じように処理することができます。たとえば,直前の商品を売り上げた仕訳は,次のようになります(借方が変わっています)。
借方科目 | 借方金額 | 貸方科目 | 貸方金額 |
---|---|---|---|
現金 | 10,000 | 売上 | 10,000 |
事業主との財産のやりとり
会計期間中に事業主がビジネスのためにお金を出したり,ビジネス専用のお金を事業主がプライベートに使ってしまったりといった場合は,上の例と同じように事業主借勘定,事業主貸勘定を使って記録します。会計期間中のビジネス専用の財産とプライベート用の財産のやりとりがどれだけ行われたかを明らかにするため,元入金勘定ではなく,事業主借・事業主貸勘定を使用したほうが望ましいです。
なお,個人事業主はビジネスを通じて稼いだお金を使って生活をしていますから,事業主貸(ビジネスからプライベートへの財産の移動)を事業主に対する給料のように考えることもできます(給料とは違って事前に支払額が決まっているわけではありませんが)。
経費を按分する場合
経費の按分については,ビジネス専用のお金から支払う場合とプライベートのお金から支払う場合とで変わります。
ビジネス専用のお金から支払う場合
ビジネス専用のお金から支払う場合は,プライベート分の家賃については事業主に貸していると考えて,次のように仕訳をします。貸方の現金を30,000円と70,000円に分けて,仕訳を完全に分割してしまうとなぜこのような仕訳になっているか理解しやすくなるでしょう。
借方科目 | 借方金額 | 貸方科目 | 貸方金額 |
---|---|---|---|
支払家賃 | 30,000 | 現金 | 100,000 |
事業主貸 | 70,000 |
プライベートのお金から支払う場合
プライベートのお金から支払う場合はさきほどと同じです。ビジネス分の家賃は事業主から借りていると考えます。プライベート分の70,000円についてはビジネスとは関係のない話なので記録をする必要はありません。
借方科目 | 借方金額 | 貸方科目 | 貸方金額 |
---|---|---|---|
支払家賃 | 30,000 | 事業主借 | 30,000 |
おわりに
個人事業の仕訳にあたっては,ビジネス(事業)を事業主とは別の存在として考える必要があります。事業主が投下したお金は事業主から借り入れたものとして,事業主がプライベート目的で使ったお金は事業主に貸し付けたものとして考えます。また,ビジネスにもプライベートにも使用される財産についてかかった経費は,ビジネス部分とプライベート部分とに按分しなければなりません。どちらも会社の簿記にはでてこない個人事業に特有の処理ですので注意が必要です。
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