日本商工会議所は随時ウェブサイト上で情報を更新しています。最新の情報については、日本商工会議所簿記検定のページを確認してください(2022年1月追記)
2020年9月18日,日本商工会議所から今後の簿記検定について,次の2つのニュースが公表されました。2020年度,2021年度,2022年度の3年間にわたって段階的に試験制度を見直していくものになりますから,日商簿記検定の受験を考えている人も,選考等で日商簿記検定を利用している大学・企業の関係者も,必ずチェックしておかなければならない内容になります。
2020年度中の日商簿記検定の実施について
新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大により,2020年6月の日商簿記検定が中止になったところですが,このたび11月以降の試験の実施方法について,次のように実施することが発表されました。
11月・2月の従来方式(統一試験方式)での試験について
2020年9月18日時点において,日本商工会議所は従来形式での試験を実施する方向で準備をすすめており,会場にもよりますが,11月試験については,すでに受験申込の受付が開始されています。なお,受付期間の変更については,各地の商工会議所によって異なりますから,11月試験を予定されている方は,各地の商工会議所に最新の状況を確認するようにしてください。
12月以降CBTを実施予定
この統一試験方式の試験に加えて,12月以降,全国各地に設けられたテストセンターにおいて,コンピュータを使って行う試験(Computer Based Testing; CBT)が実施されるとのことです。統一試験方式とは異なり,会場ごとに実施日時が異なる形になるものと予想されます(簿記初級,原価計算初級と同じ)。
CBTとはいっても,計算用紙が配布されるとのことですので,簿記初級,工業簿記初級と同様に,計算が求められる問題も出題されることになるでしょう。なお,統一試験方式とは異なり,受験生ごとに異なる問題が出題されるとのことなので,出題された問題,解答などについては,事後的にも公表されないものと考えておいたほうがよいでしょう。
CBTは,試験時間が2級は90分,3級は60分と,統一試験方式の試験時間(120分)よりも短く設定されています。
2021年度中の日商簿記検定の実施について
2021年度以降,例年,6月,11月および2月に行われている統一試験方式についても,2020年度に実施されるCBTと同じように,2級90分,3級60分の試験時間となります。このため,2021年度以降は,従来の簿記検定試験とは問題構成からガラッと変わってしまうことになります。
試験の実施時間だけでなく,出題範囲・出題形式も2020年度のCBTと同じものになるということですので,2020年度のCBTは,2021年度以降の日商簿記検定のいわば「予告編」ということになるのでしょう。
「収益認識に関する会計基準」の導入は2022年度以降に
2021年4月1日以後開始する会計年度から「収益認識に関する会計基準」が全面適用となりますが,日本商工会議所は対応が間に合わなかったようで,2021年度に出題区分表の改定は行うものの,2021年度中は従来の収益認識に係る処理方法で対応できる問題を出題することになりました。
取引価格の履行義務への配分,契約負債の認識など,初歩中の初歩の部分から仕訳の方法が変わる可能性があるなかで,出題区分表と実際の出題がズレてしまうことにならないか気になるところではありますが,この発表を信じるならば(フライング出題がなければ),「収益認識に関する会計基準」を前提とした出題は2022年6月の試験からということになりそうです。
今回の発表についての所見
2020年度試験の取り扱いについて
2020年度については,11月と2月に行われる統一試験方式(従来の方式)と12月以降に行われるCBTが並立することになります。どちらも「日商簿記2級」「日商簿記3級」と銘打たれることになっているようですが,試験時間も出題内容も違うものを同じ名前で称してしまってよいのでしょうか。本年度の共通テストの特例追試験が,以前のセンター試験の形式で,センター試験の試験時間で行われるのですが,異なる試験を同じ名前であたかも同じように取り扱うというのは,これと同じような無茶苦茶さを感じます。
日本商工会議所もウェブサイト上で喧伝しているように,日商簿記検定は,大学入試や就職・転職などの場で「資格欄」に記載される有力な資格として使用されており,「合格」というステータスは一生ものになります。今回のCBTが,新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大を受けた臨時的なものなのか,恒久的に行われるものになるのか現時点ではわかりませんが,このような特殊事情のもとで行われたものであるということ(少なくとも従来型の試験とは異なるものであること)が,その名称から分かるようにしておかなければ,今後,人々のなかから新型コロナウイルス(COVID-19)の記憶が薄れたときに混乱を生むことになるでしょう。基本的にはその年度だけの話で済ませてしまうことができる共通テストよりも問題は大きいように思います。
試験時間の短縮について
試験時間が大きく短縮されることから,3級については,従来のように試算表・精算表・財務諸表の作成のうちから2題(第3問および第5問)といった出題は,現実問題としてできなくなるでしょう。従来の形の問題であれば1題,2題出すのであれば,部分的に穴埋めさせるか,一部を切り出す形になるかといったところでしょうか。2級についても,従前から出題されるたびに世間を騒がせていた連結会計を精算表で,といったことは難しくなりそうです(こちらはまだ90分なので可能性がないわけではありませんが)。
日商簿記検定では,2016年度から段階的に試験のやり方を変えてきましたが,問題の出し方や難易度については,従前よりもかなり安定性を欠いてきました。CBTの導入,試験時間の短縮で,この不安定な状況はまだ今後しばらくの間続きそうな気がしています。
試験時間の短縮により,簿記の全体像についての理解が求められる問題は出題されにくくなりました。試算表や精算表の作成といった簿外の手続など,個々の記録を集計し,財務諸表の形にまとめ上げる作業については,たしかにコンピュータ会計が多くの企業で行われるようになった現在ではあまり必要ではないのかもしれませんが,簿記の仕組みを理解するためには一度は理解しておくべき内容です(より上位の資格に挑戦する人は絶対)。
近年,簿記の学習といえば,事実上,日商簿記検定の学習を意味するものになっていましたが,今後は,日商簿記検定の役割と,大学などの教室で行われている簿記の講義の役割とがある程度分化していくことになるのではないでしょうか。
「収益認識に関する会計基準」対応の遅れについて
これに関しては「論外」です。日本商工会議所は,これまでの試験で思い通りの結果にならなかったことを,「出題の意図・講評」のなかでさんざん「指導者側の問題」と断罪してきました。このような「自分達には責任はない」といった他罰的な考えで,問題の本質から目をそらし続けた結果がこの失態を招いたのではないでしょうか。
2016年度以降の改定に際し,日本商工会議所は,次のような声明を出していました。
今回の変更では,企業会計に関連する諸制度の変更への的確な対応にとどまらず,試験がより実際の企業活動や会計実務に即した実践的なものとなるように,IT化およびグローバル化の進展,ビジネス・スタイルの変化等を踏まえて,実務上の使用頻度が高く,より多くのビジネスパーソンに理解してほしい論点を出題範囲に追加するとともに,現在の実務ではあまり見かけない事項等については,範囲から削除するなど,出題内容の見直しを行っています。
日本商工会議所・商工会議所の検定試験ウェブサイト「平成28年度以降の簿記検定試験出題区分表の改定等について」(URL: https://www.kentei.ne.jp/bookkeeping/revision/effect)
実務に即した実践的な試験を目指していた日商簿記検定が,全面適用により実務で使われるようになる「収益認識に関する会計基準」を外すというのはどういうことでしょうか。従来の方法で試験に対応できるから問題ないという今回の発表で使われた論法は,これまでさんざん批判してきた「受験簿記」そのものの考え方ではないでしょうか。日本商工会議所は,すでに実務では認められなくなってしまった方法を学ぶことになる2021年度受験組に対して,どのように顔向けするのでしょうか。
後期の講義が始まっています。今年度から来年度にかけて,この状況をどのように学生たちに伝えていったら良いものか思案しています。
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