この記事では,2016年に公布された「医療法人会計基準」(平成28年厚生労働省令第95号)のうち,損益計算書について規定されている第17条から第21条まで、ならびに、貸借対照表および損益計算書に対する注記について記載されている第22条について逐条解説を行っていきます。
- 省令「医療法人会計基準」逐条解説①(総則・第1条~第6条)
- 省令「医療法人会計基準」逐条解説②(貸借対照表・第7条~第12条)
- 省令「医療法人会計基準」逐条解説③(貸借対照表・第13条~第16条)
- 省令「医療法人会計基準」逐条解説④(損益計算書・第17条~第21条、注記・第22条) この記事
第17条(損益計算書の表示)
損益計算書は、当該会計年度に属する全ての収益及び費用の内容を明瞭に表示しなければならない。
2 損益計算書は、様式第2号により記載するものとする。
損益計算書は、会計年度中に医療法人の正味財産(純資産)を増加または減少させた原因についてまとめたうえで、医療法人の正味財産(純資産)の純増減額である当期純損益を計算するために作成されます。
損益計算書には、収益と費用という2つのものが計上されます。収益とは、医療法人の正味財産(純資産)を増やした原因のことであり、患者に医療サービスを提供した結果として得られる金額などが計上されます。一方、費用とは、医療法人の正味財産(純資産)を減らした原因のことで、給料、家賃、減価償却費をはじめとする経費などが計上されます。
企業は営業活動を通じて財産を増やすことを目的としているため、正味財産の純増減額が計算される損益計算書を企業の経営成績を表す財務諸表ということがあります。しかし、医療法人の場合は、正味財産を増やすことが必ずしも主要な目的とはされないため、「医療法人会計基準」でも経営成績とはよばずに、単に「損益の状況」としています。
「医療法人会計基準」において定められている損益計算書の様式(様式第2号 外部リンク)は、厚生労働省の通知「医療法人における事業報告書等の様式について」(平成19年3月30日医政指発第0330003号、最終改正平成30年12月13日)の様式4-1と同じものになります。「医療法人会計基準」に準拠することになったからといって、特別なものを作らなければならないというわけではありません。
第18条(損益計算書の区分)
損益計算書は、事業損益、経常損益及び当期純損益に区分するものとする。
第18条は、損益計算書の区分について説明されています。様式第2号にしたがって損益計算書の区分を示せば、次のようになります。
- 事業損益の部
- 本来業務事業損益
- 事業収益
- 事業費用
- 附帯業務事業損益
- 事業収益
- 事業費用
- 収益業務事業損益
- 事業収益
- 事業費用
- 事業損益
- 本来業務事業損益
- 経常損益の部
- 事業外収益
- 事業外費用
- 経常損益
- 当期純損益の部
- 特別利益
- 特別損失
- 税引前当期純損益
- 法人税・住民税及び事業税
- 法人税等調整額
- 当期純利益
第19条(事業損益)
事業損益は、本来業務事業損益、附帯業務事業損益及び収益業務事業損益に区分し、本来業務(医療法人が開設する病院、医師若しくは歯科医師が常時勤務する診療所、介護老人保健施設又は介護医療院に係る業務をいう。)、附帯業務(医療法人が行う法第42条各号に掲げる業務をいう。)又は収益業務(法第42条の2第1項に規定する収益業務をいう。以下同じ。)の事業活動(次条において「事業活動」という。)から生ずる収益及び費用を記載して得た各事業損益の額及び各事業損益の合計額を計上するものとする。
事業損益とは、医療法人の業務を通じて得られた損益のことをいいます。事業損益は、医療法人が行う業務の違いによって、本来業務事業損益、附帯業務事業損益および収益業務事業損益の3つに区分されます。
本来業務事業損益とは、医療法人の本来業務から生じる損益のことをいいます。医療法人は、「病院、医師若しくは歯科医師が常時勤務する診療所、介護老人保健施設又は介護医療院を開設しようとする社団または財団」(「医療法」第39条)と定義されていますので、医療法人であれば本来業務は必ず行っていることになります。このため、医療法人が作成する損益計算書に本来業務事業損益がないといったことはありません。
附帯業務事業損益とは、医療法人が「医療法」第42条に定める附帯業務を行っている場合における、それらの附帯業務から生じる損益のことをいいます。いいかえれば、附帯業務を行っていない医療法人においては、この附帯業務事業損益の記載はありません。
収益業務事業損益は、一般の「商業」にあたる事業から生じる損益のことをいいます。収益事業は、救急医療、災害医療、へき地医療などの公益性の高い事業に従事する社会医療法人が、本来業務の収益性の低さをカバーする目的で行う場合に限り認められているもので(「医療法」第42条の2)、社会医療法人以外の医療法人には認められていません。このため、多くの医療法人の損益計算書には、この収益業務事業損益についての記載はありません。
なお、本部費のようにすべての業務に共通して発生する費用については、適切な基準に基づいて各業務の事業損益に按分する必要があります。
第20条(経常損益)
経常損益は、事業損益に、事業活動以外の原因から生ずる損益であって経常的に発生する金額を加減して計上するものとする。
経常損益とは、毎期、経常的に発生する事項から生じる損益のことをいい、事業損益に事業外損益を加減することで計算されます。
事業外損益とされるものには、具体的には、貸付金に対する受取利息、受取配当金(以上、事業外収益)、借入金に対する支払利息、手形売却損(以上、事業外費用)、売買目的で保有する市場価格のある有価証券に係る評価損益などがあります。
第21条(当期純損益)
当期純損益は、経常損益に、特別損益として臨時的に発生する損益を加減して税引前当期純損益を計上し、ここから法人税その他利益に関連する金額を課税標準として課される租税の負担額を控除した金額を計上するものとする。
当期純損益とは、各会計期間における医療法人の正味財産(純資産)の純増減額のことをいい、経常損益に、毎期、経常的には発生しない例外的な損益(特別損益)を加減し、そこから利益に対して課される法人税・住民税・事業税等の額を控除することで計算されます。
特別損益とされるものには、具体的には、固定資産の売却に伴い生じる損益、固定資産の除却・廃棄にともなう損失損、災害による損失などがあります。
なお、様式第2号の損益計算書では、法人税・住民税及び事業税の後に法人税等調整額の項目が記載されています。これは、「医療法人会計基準」においても税効果会計が行われることを意味していますが、この点について、四病院団体協議会会計基準策定小委員会は、重要性の原則が適用されることにより、医療法人が税効果会計を行うことになることは少ないと述べています[1]。
第22条(貸借対照表等に関する注記)
貸借対照表等には、その作成の前提となる事項及び財務状況を明らかにするために次に掲げる事項を注記しなければならない。ただし、重要性の乏しいものについては、注記を省略することができる。
一 継続事業の前提に関する事項
二 資産及び負債のうち、収益業務に関する事項
三 収益業務からの繰入金の状況に関する事項
四 担保に供されている資産に関する事項
五 法第51条第1項に規定する関連事業者に関する事項
六 重要な偶発債務に関する事項
七 重要な後発事象に関する事項
八 その他医療法人の財政状態又は損益の状況を明らかにするために必要な事項
第22条では、医療法人の財務状況を理解するために必要となるその他の事項について規定されています。これらの事項については、貸借対照表および損益計算書(貸借対照表等)とは別に注記として情報を開示しなければなりません。
継続事業の前提に関する事項には、その医療法人において清算等の事業廃止が懸念される事象が生じていないことが記載されます。万が一、事業廃止が懸念される事象が発生している場合(継続事業の前提が成立しない場合)はその旨が記載されますが、そのような記載がされることは稀です。
収益業務に関する事項には、貸借対照表において計上されている資産および負債のうち、どれだけが収益事業のために使われているものであるのかが記載されます。「医療法」では、収益業務に関する会計を本来業務・附帯業務と区別して行わなければならないとされています(「医療法」第42条の2第3項)。損益計算書については、業務ごとに事業損益が分けて計上されていますが、貸借対照表については業務ごとの区分が行われていないので、この注記のなかで収益業務に使われている部分を明らかにすることが必要となります。
収益業務からの繰入金の状況に関する事項には、収益業務から生じた事業損益のうち、どれだけの金額を非収益業務(本来業務・附帯業務)に繰り入れたかが記載されます。税法上、収益業務から得られた金額を非収益業務に振り替えた場合は、その振替額について寄付金として取り扱うこととされています(みなし寄付金)。この金額を明らかにするための記載がこの注記となります。
担保に供されている資産に関する事項には、医療法人が保有する土地、建物等の不動産について、どれだけの金額が担保に付されているかが記載されます。
関連当事者に対する事項には、医療法人がその関連当事者との間で行った取引等の金額が記載されます。関連当事者とは、医療法人の役員や近親者、医療法人の関係法人などのことをいい、メディカルサービス法人(MS法人)などを介して医療法人の財産が流出してしまうことを抑制するために、取引の実態を開示させることとしています。なお、開示される取引には、最低額の定めが設けられており、その金額を下回る取引については開示の対象となりません[2]。
重要な偶発債務に関する事項には、現時点ではまだ発生していないものの、将来に発生する可能性のある債務のことで、その金額を高い精度で見積もることができる場合に記載が行われます。重要な偶発債務には、たとえば医療事故にあたって敗訴した場合に請求されることになる損害賠償の額などがあります。
重要な後発事象に関する事項では、会計年度の末日(原則として3月31日(「医療法」第53条))以後、貸借対照表等を作成するまでの間に発生した事象で、医療法人の財務状況に重要な影響を及ぼす事象についての説明が行われる。
注
[1] 四病院団体会計基準策定小委員会「医療法人会計基準に関する検討報告書」2014年、31頁。
[2] 厚生労働省医政局長発通知(平成28年4月20日付医政発0420第7号)「医療法人の計算に関する事項について」第2、1。
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