総額表示の原則

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貸借対照表、損益計算書などの財務諸表を作成するにあたっての基本原則のひとつとして、総額主義の原則というものがあります。総額表示の原則とは、貸付金と借入金、売上と売上原価のように、相互に対応関係のあるプラスとマイナスの金額について、両者を相殺した金額(純額)ではなく、プラスの金額はプラスの金額としてマイナスの金額はマイナスの金額として(総額)、それぞれ別々に表示しなければならないとする考え方のことをいいます。

総額主義の原則は、企業等の財産の規模や、その活動の規模を財務諸表上であらわすために重要な原則であるとされています。

総額表示の原則が規定された会計基準

財務諸表を作成するにあたって、総額表示の原則に基づいてその金額を表示しなければならないとする考え方は、財務諸表の作成について規定する会計基準のなかに定めがあります。

「企業会計原則」第二(損益計算書原則)、一、B
費用及び収益は、総額によって記載することを原則とし、費用の項目と収益の項目とを直接に相殺することによって、その全部又は一部を損益計算書から除去してはならない。

「企業会計原則」第三(貸借対照表原則)、一、B
資産、負債及び資本は、総額によって記載することを原則とし、資産の項目と費用又は資本の項目とを相殺することによって、その全部又は一部を貸借対照表から除去してはならない。

「企業会計原則」において、総額主義の原則は、損益計算書、貸借対照表のそれぞれについて規定されています。損益計算書については費用と収益、貸借対照表については資産と負債・純資産です。これらはどちらも、それぞれの財務諸表の借方と貸方に計上される項目になります。すなわち、総額主義の原則というのは、財務諸表上で借方と貸方を相殺することが禁止されているということです。

損益計算書
費 用収 益
 
 
貸借対照表
資 産負 債
純資産

総額表示の原則が求められる根拠

総額表示の原則が求められるのは、借方と貸方の金額を相殺してしまうと(金額を純額で表示してしまうと)両者の差額だけしか残らないため、財務諸表を目にする利害関係者に対して、企業の状況についての判断を誤らせてしまう可能性があるからです。

たとえば、当期の利益が100万円の甲企業と200万円の乙企業があったとします。この2つの企業のどちらが優れた業績をあげた企業だと思いますか。利益の金額しか与えられていない状況では、その金額を比較することしかできないため、「利益の金額が大きい200万円の乙企業の方が優れている」という結論にしかなりません。

しかし、これに収益の額と費用の額の情報を加えてみましょう。両社の収益の額、費用の額、そして、収益の額から費用の額を差し引いて計算した利益の額が、次のようになっていたとします。

 甲企業乙企業
収益(売上等)1000万円10000万円
費用(売上原価、給料等)900万円9800万円
利益100万円200万円

実は、甲企業よりも乙企業は10倍の収益(売上等)ありました。それでは、甲企業と乙企業はどちらが優れた業績をあげた企業でしょうか。さきほどの答えが揺らいだ人もいるのではないでしょうか。乙企業の収益が甲企業の10倍ならば、利益も10倍あってもいいようなものですが、利益は2倍にしかなっていません。乙企業が利益の金額こそ乙企業よりも多いのですが、稼ぎの効率性としては甲企業の方が圧倒的に上なのです(利益率は甲企業が10%であるのに対し、乙企業は2%しかありません)。

効率的に利益を稼げるかどうかを重視する人にとっては、利益(純額)だけの表示では、その効率性を判断することができません。もしかすると、利益の額が大きいというところだけを見て「乙企業は、稼げる企業だ」と勘違いしてしまうかもしれません。このような誤解は、収益と費用をそれぞれ見せることによって(総額表示)防ぐことができます。

企業には、大きな企業もあれば小さな企業もあります。プラスとマイナスが相殺されてしまうと、その相殺された金額だけ、企業の規模が隠されてしまいます。このような実際には存在する規模の差が、相殺によって隠されてしまうことのないように、財務諸表では総額表示を原則としているわけです。

総額表示の例外

総額表示の原則に対しては、いくつかの例外が設けられています。

まず、有価証券や固定資産の売買から生じる損益の計上についてです。総額表示の原則にしたがうと、取引の規模を明らかにするため、これらを売却したときに受け取る対価の額(収益)とその取得原価(費用)をそれぞれ別々に計上することが必要となりますが、有価証券や固定資産の売買から生じる損益については、次の仕訳のようにその差額(売買損益)だけを示すこととされています。

借方科目借方金額貸方科目貸方金額
未収入金1,000,000売買目的有価証券950,000
  有価証券売却益50,000

これは、多くの企業にとって、有価証券や固定資産の売買が本業ではないためです。企業活動がうまくいっているかどうかは何よりも本業によって判断されるため、本業でない部分を簡易的に表示することで、逆に本業である営業活動の成果がより強調されるようにしているわけです。このため、有価証券や固定資産の売買を本業にする業界(投資信託や不動産業界など)では、これらの売買についても総額表示の原則にしたがって仕訳を行わなければなりません。

次に、繰延税金資産・繰延税金負債の相殺表示です。会計上の利益と税法上の所得との間に一時的な差異(時の経過によって解消される差異)が生じている場合、将来に会計上の利益をもとに計算した法人税額等の金額よりも実際の納税額が低くなるときには繰延税金資産、逆に、実際の納税額が高くなる場合にときには繰延税金負債を計上しなければならないのですが、この繰延税金資産と繰延税金負債は、原則として、相殺してその差額のみを貸借対照表に計上しなければならないとされています。

これは、繰延税金資産と繰延税金負債が、会計と税務の考え方の違いによって発生する(企業の経営能力とは無関係の理由から発生する)ものであることから、利害関係者が企業の財産の状況や活動の状況についての判断に影響を与える可能性が高くないと考えられるためです。納税は純額ベース(益金と損金が相殺された後の金額)で行われますので、税金に関する情報は所得の計算と同じように提供するということで、税法上の処理との整合性をもたせることもできます。

その他にも、デリバティブ取引やヘッジ取引など、いくつかの取引において、総額ではなく純額での表示が認められているものがあります。いずれも利害関係者が企業の財産の状況や活動の状況について行う判断に重要な影響を及ぼすものではないというのがその理由となります。

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