医療法人は、病院、診療所などの医療施設を開設することを目的として設立される法人です。法令上、法人となれるものには、人の集まりである社団と財産の集まりである財団とがありますが、今日では、財団医療法人が選択されることはほとんどなく、その大部分は社団医療法人です。
社団医療法人は、人の集まり(社団)をその母体とする法人であり、その設立には、もともと3人以上の医師または歯科医師が必要でした。しかし、1985年の「医療法」改正により、常勤する医師または歯科医師が1人または2人でも社団医療法人を設立できるようになったことから(これを一人医師医療法人という)、今日では、医療法人のほとんどがこの一人医師医療法人となっています。
医師または歯科医師は、わざわざ医療法人を設立しなくても、個人の名をもって病院や診療所を開設することができます。それではなぜこれほどまでに一人医師医療法人が使われているのでしょうか。
医療法人という別人格の創設
法人は、法令の定めによって権利・義務の帰属主体(すなわち、「人」)となることが認められた存在です(「民法」第33条第1項、第34条)。法人には、その運営に携わるすべての人とは別の独立した人格が認められます。
これは一人の医師または歯科医師が医療法人を設立した場合も同じです。外見上は、その医師または歯科医師がその個人の事業として病院等の医療施設を開設、運営しているように見えますが、法令上は、その医師または歯科医師ではなく、医療法人自身の事業として取り扱われます。患者から医療サービスの対価を受けるのも、取引先に仕入れた薬品や医療材料の代金を支払うのも、金融機関から融資を受け、返済義務を負うのも、第一義的にはすべて医療法人の権利・義務となります。
ただし、このような独立した権利・義務の帰属主体が設けられることは、複数の医師・歯科医師が経営に従事している場合には大きなメリットになりますが、一人医師医療法人にとってはほとんどメリットにはならないでしょう。医療法人名義で活動するのも、個人が自らの名を持って活動するのも、ほとんど変わりはないからです。
社員の責任
社団医療法人には、その最高意思決定機関として社員総会とよばれるものが創設されます。社員総会とは、医療法人の存続にかかわる重要な意思決定が行われる機関です。社員総会において発言権、議決権を持つ人々のことを社員といい、通常は、その社団法人の設立に携わった医師や歯科医師、または、これらの者に認められたものが社員としての資格を与えられます。
「医療法」では、長らくこの社員の責任について規定が設けられていませんでした。法人が有する権利・義務の範囲は法令や定款等の規則によって規定されるものとされていますが(「民法」第34条)、法令の定めがなかった間は、定款等の医療法人側の規定で、「ここまでは医療法人の権利・義務、ここからは社員の権利・義務」ということが決めてしまえる状態でした。極端にいえば、何か不都合なことが起こった場合に、医療法人に責任をかぶせて、社員は責任を負わないということも主張できてしまえる状況でした(その主張が裁判等で受け入れられるかどうかはまた別の問題です)。
しかし、2015年の改正により、この役員が負うべき責任について、ようやく「医療法」上に定めが設けられることになりました。法令の定めと医療法人による私的な定めでは、当然、前者が優先されることになりますので、「責任は医療法人にあるので、社員はその責任を一切負わない」といった、あまりにも都合のいい話は通らなくなっています(当然、故意・重過失がない場合は、社員であっても対外的な責任を負う必要はありません(「医療法」第48条))。
課税主体の分割
これまで、医療法人が設立されることにより、①その医療法人が権利・義務の帰属主体となること、②自らが負うべき責任の一端を医療法人に帰属させることができることの2つを見てきました。しかし、前者については、一人医師医療法人という本来の社団の意味を反故にした形態の社団医療法人が認められるようになったことで、そのメリットは感じられにくいものになっています。また、後者についても、「医療法」の改正により、責任を医療法人に放り投げて、自らの負担を軽くするといった難しくなりつつあります。権利・義務の観点から、医療法人を設立するメリットを考えることには限界があります。
そこで、これまでとは視点を変えて、お金の面について考えてみることにしましょう。
医療法人自体が「人」として課税主体となる
わが国では、「人」の稼ぎに対して課税が行われます。医療法人を設立した場合、その医療法人の活動を通じて生み出された所得に対しては、これを運営する医師や歯科医師だけはなく、その医療法人に課税されることになります。
医療法人の所得に対して課される法人税の税率は、その所得の額にかかわらず、一律23.2%(特定医療法人は19%。ただし、資本金800万円以下の課税対象所得800万円以下の部分については15%)です。
これに対して、医療法人を設立しなかった場合、医療サービスを提供することによって得られた所得は、すべて医師や歯科医師の事業所得として、所得税が課されることになります。2021年現在、所得税の税率は5%から45%までの累進課税となっており、所得が大きければ大きいほど税率は高くなります。
課税対象所得金額(千円未満切捨後) | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
1,000円~1,949,000円 | 5% | 0 |
1,950,000円~3,299,000円 | 10% | 97,500円 |
3,300,000円~6,949,000円 | 20% | 427,500円 |
6,950,000円~8,999,000円 | 23% | 636,000円 |
9,000,000円~17,999,000円 | 33% | 1,536,000円 |
18,000,000円~39,999,000円 | 40% | 2,796,000円 |
40,000,000円~ | 45% | 4,796,000円 |
※所得税額=課税対象所得金額×税率-控除額 |
税金計算上はさまざまな調整が入るので必ずしも単純には結論を出せませんが、一般論として、まったく同じことをやっていたとしても、所得が増えれば増えるほど医療法人を設立した方が税務上得になります。
医師・歯科医師には医療法人財産に対する持分請求権がある
医療法人が設立されると、医療法人自身に財産権が認められます。したがって、その医療法人を設立した医師や歯科医師であっても、レジや金庫から勝手にお金を持っていくことはできませんし、医療法人の預金を勝手に引き出すことはできません。医師や歯科医師が受け取ることのできるお金は、定款や就業規則などに定められた医師や役員としての報酬だけです。
法人税率が所得税率に対して低いといっても、引き出せなければ意味はないと思う人も多いでしょう。しかし、必ずしもそうではありません。社団医療法人では、社員に対して、医療法人の財産に対する持分が認められています。持分とは、「医療法人の財産のうち、○○%は自分のもの」と主張できる権利のことで、医療法人の社員が、その社員をやめる(これを退社といいます)ときに、その持分に相当する金額を引き出すことができます。医療法人の運営を通じて稼いだお金は、すぐには引き出せませんが、退社によって、最後に引き出すことができるのです。
最後に引き出せるのですから、あせってすべてのお金を引き出す必要はありません。法人税率の方が所得税率よりも低いので、報酬として引き出してしまうよりも、医療法人のなかに残しておいた方が納税額を抑えることもできます。医療法人は、節税できる貯金箱として利用できるのです。
なお、2007年の「医療法」改正により、社団医療法人であっても、社員に対してこのような持分を認めることが禁じられるようになりました。2007年4月1日以後、社員の持分に関する定めを設けた社団医療法人は設立できなくなっています。したがって、比較的新しい医療法人には、この「節税できる貯金箱」としての機能は失われているといってよいでしょう。
2007年3月31日以前に開設された医療法人(これを「経過措置型医療法人」といいます)についても、新しいルールに則って、社員の持分を認める規定をなくすよう要請が行われています。ところが、法改正から10年以上たった今でも、多くの医療法人は事実上この要請を無視しており、社員の持分に係る規定を削除していません。
このように、今日の医療法人には、その設立のタイミングの違いによって、お金の面での有利・不利が生じてしまっている現状があります。
以上、医療法人の今日的な意義について見てきました。かつては、医療法人を設立することによって、医師や歯科医師が自らの責任を移したり、税金面で有利な選択ができたりといった「メリット」を享受することができましたが、近年の「医療法」の改正により、従来メリットとされていたものはコントロールされつつあります。
社員の持分に係る規定の禁止は、2000年代に入って行われた一連の「医療法」改正のメインテーマである「医療法人の非営利性」に直結する重要なトピックになります。この点については、また記事を改めて見ていくことにしましょう。
参考文献
- 佐藤鉄男(1989)「医療法人の倒産と理事の責任:病院倒産の増加が投げかけた一問題」『北大法学論集』第39巻第5・6号上。
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