2021年12月10日、日本商工会議所が開設する「商工会議所の検定試験」のサイトに、「商工会議所簿記検定試験出題区分表等(2022年度適用)の公表について」というページがアップされました。2022年4月1日から施行される日商簿記検定の出題区分表、許容勘定科目表および改定項目に関する説明資料はここから閲覧することができます。
今回の改定は、2021年4月1日の「収益認識に関する会計基準」の全面適用を受けて行われたものになります。「収益認識に関する会計基準」は広く収益認識全体をカバーしている基準であるため、日商簿記検定においても3級から1級まで全面的に改定となっています。今回の記事では、この改定について思うことなどを書いてみたいと思います。
結論からいえば、私は、タイトルに書いたように、日商簿記検定3級は「収益認識に関する会計基準」の内容を取り扱わないことを明言したうえで、従来通りの処理方法を行うことにしていればよかったのではないかと思っています。
受取家賃・受取地代の見越し・繰延べは3級に残る
2022年度からの変更点
「収益認識に関する会計基準」では、金融商品取引、リース取引等の一部の取引を除いて、履行義務が充足されたタイミングで収益を認識することとされています(第3項、第17項(5))。
日本商工会議所は、2021年3月19日に公表した「企業会計基準第29号『収益認識に関する会計基準』等の適用にともなう商工会議所簿記検定試験出題区分表などの改定について」において、一定の期間にわたり充足される履行義務の取り扱いを2級の範囲に追加することを発表していました。
家賃や地代については、自らが保有する建物や土地を自由に利用させることが貸手側の履行義務になるため、収益の認識は、建物や土地を利用させた期間に応じて認識されることになります。これは、「一定の期間にわたり充足される履行義務」に該当しますから(第38項(1))、一定期間にわたり充足される履行義務を2級で取り扱うのであれば、家賃や地代の処理についても、理屈上は2級の出題範囲で取り扱われるべきものでした。
しかし、2022年度以降も、受取家賃、受取地代については、3級の出題範囲となります。「一定の期間にわたり充足される履行義務」を2級で取り扱うこととされているため、これらが「3級では出題されないのではないか」と誤解されてしまわないよう、今回の出題区分表には3級の箇所に「受取家賃、受取地代」を明示的に追加されています。
このため、3級では、家賃や地代について、契約時に履行義務を認識し、決算時に当期分を収益に振り替えるという「収益認識に関する会計基準」に規定されている本来の処理方法ではなく、収益の認識は対価(家賃や地代)を受け取ったタイミングで行い、決算時には見越し・繰延べの処理を行うという従来の方法で処理することになります。
受取家賃、受取地代に係る改定について思うこと
このような処理は、今後、3級から2級にステップアップする人にとって混乱のもとになるのではないかと思っています。3級では見越し・繰り延べを学習したにもかかわらず、2級では履行義務からの振替えという別の方法を修得しなければならないので。
見越し・繰り延べが「収益認識に関する会計基準」における収益認識の方法を理解するためのワンステップになるということであればまだ理解できるのですが、従来の方法が顧客との約束(履行義務)をいったん負債として考える「収益認識に関する会計基準」の方法を理解する助けになるとは思えません。
収益の見越し・繰り延べを3級の出題範囲に残したかったのであれば、「収益認識に関する会計基準」の適用対象外である受取利息の処理で取り扱えばよかったのではないかと思います。
そもそも日商簿記ではサービス業の取扱いを2級の出題範囲としており、「商品」の引渡しをともなわない建物や土地の貸付けから生じる収益の認識を3級の範囲に含めているところから違和感がありました。受取家賃、受取地代の見越し・繰延べは、あまり出題されるような項目ではありませんが、あえて明示的に追加したということは、しばらくはそれなりの頻度で出題される可能性があるのでしょう。2級の「一定の期間にわたり充足される履行義務」の取り扱いが具体的にどのようなものになるかわからないので何とも言えませんが、今後、検討してほしい部分ではあります。
売上諸掛の処理
2022年度からの変更点
商品売買取引については、2021年3月19日の「企業会計基準第29号『収益認識に関する会計基準』等の適用にともなう商工会議所簿記検定試験出題区分表などの改定について」には予告されていなかったもう1つの改定点があります。それは、商品を販売した際に発生する発送費などの売上諸掛の取り扱いです。
商品を販売するにあたり、その商品の配送を引き受けた場合、「収益認識に関する会計基準」では、これを独立の履行義務とするか、履行義務とする場合は本人としての履行義務なのか代理人としての履行義務なのかを判別しなければなりません。簿記の初学者が受験することの多い3級でその判断を問うのは「難易度が高すぎる」ため、別の方法を考えなければならないという日本商工会議所の方針に疑義を差しはさむ余地はありません。
今回の改定では、この売上諸掛の取り扱いについて、3級・2級では、
- 出荷・配送活動を別個の履行義務として識別しない
- 売手が支払う送料は売手の費用として処理する
という形が採用されることとなりました。
日本商工会議所が公表した仕訳例を見てみましょう。
【問題】当社は商品Aを100,000円で日商株式会社へ販売し、送料2,000円を加えた合計額を掛けとした。また、同時に配送業者へ商品Aを引き渡し、送料2,000円は後日支払うことにした。
【解答】
日本商工会議所「企業会計基準第29号『収益認識に関する会計基準』等の適用にともなう商工会議所簿記検定試験出題区分表などの改定について【確定版】」2021年12月10日、3頁。
(借)売掛金 102,000 (貸)売 上 102,000
(借)発送費 2,000 (貸)未払金 2,000
商品の販売と出荷・配送を区別しないので、売上として計上される金額は商品の代金100,000円に送料2,000円を加えた102,000円となります(なお、日本商工会議所は、「特に指示がない限り受け取る2,000円は売上に含める」としていますから、送料を売上に含めることについて問題文に明示されない可能性も高いと思われます)。商品を発送する際にかかった費用は、これとは別に発送費として処理することになります。
売上諸掛の処理に係る改定について思うこと
第1に、売上諸掛を売上に含める処理については、混乱する受験生は多いだろうなということです。「出荷・配送活動を履行義務として識別しない」ということの意味が理解できるのは履行義務について知っている人だけです。日商簿記検定において履行義務が取り扱われるのは2級とされていますから、3級では「独立の履行義務として識別しないから」という説明方法をとることができません。
そのような状況で、「送料2,000円を売上に含める」という処理が、基本的には簿記の学習を始めたばかりの受験生に理解できるものかというと疑問です。企業にとっての売上金額といえば、商品の代金(売価)というイメージでしょうから。
日本商工会議所は、この点について「商品の出荷及び配送は独立した履行義務ではないため、特に指示がない限り受け取る2,000円は売上に含める」(日本商工会議所「企業会計基準第29号『収益認識に関する会計基準』等の適用にともなう商工会議所簿記検定試験出題区分表などの改定について【確定版】」2021年12月10日、3頁)としていますが、送料を売上に含める処理が「自然な」処理でない以上、最低でも売上に加算する旨は問題文に明示すべきです。
また、問題文に商品の代金100,000円と送料2,000円を分けずに、「商品102,000円を売り上げた」としてくれた方がもっと分かりやすいでしょう。送料なしの取引と送料ありの取引を比較させることはないでしょうから(それこそちゃんと説明するならば履行義務に触れざるを得なくなります)、売上時に顧客に負担させる送料を商品の代金と分けて書く必要などないのです。どうせ識別しないのですから、売上の問題と発送の問題をわざわざ一緒にせずに2つに分けた方が受験生も理解しやすいのではないでしょうか。
第2に、今回の処理により、商品売買に係る収益と費用の個別対応が説明しにくくなりました。商品の売上に対応するのはその商品の取得原価ですが、今回の処理により、売上の額に余計な要素(買手から受け取った送料相当額)が含まれることになるため、売上と対応させる金額が取得原価だけというのは論理的におかしくなってしまいます(送料は期間対応される費用の扱いとなるため)。
日本商工会議所は、「出題の意図」のなかで折に触れて「テクニックではなくて本質的な勉強を」と繰り返してきましたが、この点についてはどのようにお考えなのでしょうか(その割にはやたらと「過去に出題実績がある」を妙な出題を正当化する理由として使っていますが)。最近は学習支援の活動にご熱心のようですが、この点についてどのように説明されているのか知りたいものです。
次年度の講義でどのように教えるか悩んでいます
「収益認識に関する会計基準」自体が簿記の初学者にとって理解が難しいものであるため、日商簿記3級についても、その施行を1年遅らせていろいろと対応が検討されていたようですが、①家賃・地代の見越し・繰延べが残ったこと、②売上諸掛を売上に含めて処理するようになったことという2つの改定点を見る限り、少々無理のある対応をしたのではないかという感想を持ちました。
また、大学で教えるにあたっても、どちらも説明の仕方に工夫が必要で(①については「一定期間にわたり充足される履行義務」の処理を理解するのに支障がないような見越し・繰延べの説明の仕方、②については費用を売上に含めるという誤解をさせないような説明の仕方)、どのように説明しようか悩ましいところがあります。
今回の発表により、「収益認識に関する会計基準」に基づく処理は、原則として2級・1級で取り扱い、3級では取り扱わないことが明らかになりました。収益の見越し・繰延べも3級に残されることとなり、送料として受け取った金額を売上に含める処理以外は、従来の試験内容が基本的に踏襲されることとなります。それであるならば、売上諸掛の処理も従前のものに戻すなどして、明確に「収益認識に関する会計基準」を放棄した方が初学者に対して優しかったのではないかと思います。
商品の引き渡しと同時に対価を受け取るケースをもとに、いったん履行義務を契約負債に計上してから、これを収益に振り替えるような処理を3級で見せておけば、2級・1級に向けたステップになったのでしょうが、履行義務の学習が2級の範囲とされてしまった以上、このような教え方もできません。
現在、中小企業を適用対象とする「中小企業の会計に関する指針」というものが公表されていますが、「収益認識に関する会計基準」の取り扱いについては、「収益認識会計基準等が上場企業等に適用された後に、その適用状況及び中小企業における収益認識の実態も踏まえ」(日本税理士会連合会・日本公認会計士協会・日本商工会議所・企業会計基準委員会「改正『中小企業の会計に関する指針』の公表について」2021年8月16日、2頁)て検討するとされています。
この検討結果がどのようなものになるかまだ分かりませんが、ぜひ日商簿記3級のようなどっちつかずの処理ではなく、「収益認識に関する会計基準」の理解に少しでもつながるようなものになってもらえればと思います。
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