収益性が高い企業が「いい企業」かどうかは慎重に考えてほしい

大学での学び
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企業の経営状況について、有価証券報告書などの財務情報を使ってまとめてみようといった課題を出すことがあります。これに対して、利益の額が右肩上がりで増えているであるとか、利益率(売上高利益率、資本利益率など)が相対的に高いであるといった結果を見て、「この企業はいい企業」「この企業は優良な企業」といった報告を受けることがままあるのですが、利益の額や収益性の指標だけを見て企業の良し悪しを考えることには慎重であってほしいなあと思っています。

規模の経済(資本を集積して大量生産することで限界費用を低く抑えることができる)が強く効いていた時代であれば、効率的に利益を稼ぐことに一定の評価をすることができました。企業が自らリスクを抱えて大規模投資を行うという姿勢は、社会にとっても好ましい、望ましいものであったからです。

しかし、現代の企業、とりわけ大企業における効率性というのは、これとはまったく逆の方針によってもたらされているように思われます。本来であれば企業が負担すべきこと、抱えるべきことを他者に押し付けて、上前だけをかすめとるビジネスモデルが「成功企業」のテンプレートになっているのではないでしょうか

負担の押し付けの例

労働者への負担の押し付け

まずは、労働面から。いわゆる「ブラック企業」というのは、中小・零細企業だけの話だけではありません。日本国中、さらにはグローバルに活動の場を広げている企業であっても、「ブラック」な労働環境が報じられることも珍しくありません。転職はまだまだ活発に行われているとはいい難く、「この会社を辞めたら生計を稼ぐ手段が絶たれてしまう」というプレッシャーから、被用者に対して「無茶な命令であっても聞かなければならない」という強迫観念が明に暗に植え付けられています。

労働者に対して支給される給与の額はバブル崩壊後(1990年代)から30年以上たった今でも横ばいです。派遣労働の拡大により将来の人生設計が難しくなった人も増えています。定年後の高齢者の再雇用、外国人技能実習生のような最低賃金に近い水準で働いている労働者も多数存在します。これに加えて近年では、「同一労働同一賃金」の名のもとに正社員に支給される手当が減らされたり、週休3日制・副業解禁と賃下げの口実も着々と作られつつあります。さらには、雇用契約を結ぶことを放棄し、労働者に個人事業者として仕事を発注する企業も出てきています。企業は、これにより各種手当や社会保険料負担、業務中の事故に対する保証などさまざまな責任から逃れることが可能になります。

労働者に対して支払う金額(人件費等)を減らすことができれば、それだけ企業の利益の額は増えます。しかし、その裏に労働者の生活が年々厳しくなっていることを忘れてはいけません。

下請け業者への負担の押し付け

自らの事業を遂行するために、いわゆる「下請け企業」を抱えている企業が、これらの下請け企業に対して負担を押し付けているといったことも指摘されています。その具体的な手法は、下請け企業の提供する製品やサービスの買取価格を不当にダンピングしたり、協力金などの名目で反対給付のない金銭を集めてみたり、タダ同然で下請け企業の労働者を「上流」の企業の業務に使ってみたりとさまざまです。

また、フランチャイズ制のように、有名な企業のノウハウやブランドを利用させる代わりに、営業にあたってのコストや責任をフランチャイジー(加盟店)に負担させるといったものもあります。有名なところでいえば、コンビニエンスストアの「雇われ店長」が苦しい状況での経営を強いられていることが報じられることもよくあります。ロイヤリティが売上高をもとに計算される企業では、たとえ加盟店レベルで損失が出ていたとしてもロイヤリティが「まきあげられる」結果となります。

上述した個人事業者としての再契約も、従業員を単なる「下請け業者」に転身させる仕組みといえます。

顧客への負担の押し付け

ロシアによるウクライナ侵攻にともなう資源高、物価高を口実として、近年では商品の小売価格が引き上げられつつありますが、それまでは小売価格をほとんどあげずにコストを引き下げる方法が一般的にとられていました。内容量が少なくなったり(包装の「工夫」により内容量が減ったことに気づかせないのも同じ。ステルス値上げ、シュリンクフレーションともよばれる)、質の低い原・材料に中身を変えたり(産地偽装も同じ)といったことも行われています。

また、「低価格」を維持するために、配送サービスを廃止・有料化したり、店内サービスを削減したり(自動レジ含む)といった形で、従来であれば企業が行っていた業務の一端を顧客に(無料で)やらせるといったことも行われるようになりました。

効率的な大企業、不効率な中小企業って本当?

政府に入れ込んでいる財界の人々や学者の人々から、日本の労働者の質は低いであるとか、中小企業は効率が悪いといったことが喧伝されることがありますが、以上のようなことを踏まえても、果たして同じことが言えるでしょうか。

無駄な雑務や会議が山のように押し付けられていたり、「協調性」という名の圧力によって能力が発揮できない助教になっていたりといった労働者はいないでしょうか。本当は効率的に仕事をしたいのに「上流」の企業から無理難題を押し付けられてやむなく不効率になっている中小企業はないでしょうか。

そして、このような「負担の押し付け」によって、自分だけ「効率的」になっている企業を「いい企業」「優れた企業」として称賛することはできるでしょうか。

学生のみなさんのほとんどは、「現場」で働く人になります。そうであるからこそ、ただ収益性の高い企業を評価するだけではなくて、その裏にどのような現場の努力、誰かの犠牲があるのかについても考えてほしいのです。その「裏」の世界こそがこれから皆さんが見ていくことになる世界なのですから。

会計教員がこういったことを言うのも変かもしれませんが、財務情報は単なる「結果」です。そのプロセスにつては何も語ってくれません。いいことをして稼いだ100万円も、望ましくないことをして稼いだ100万円も同じ100万円です。企業分析を行うにあたっては、数字や指標をまとめて満足してしまうのだけでなく、その背景にある具体的な活動をしっかり調べて、自分の頭で考えるということを意識するようにしてください。

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