研究
はじめに
私は、会計制度の研究を行っています。人間は、本来、他の誰かが決めたルールを一方的に押し付けられて、それにしたがわなければならないという状況を嫌うものです。それでもなお、世の中にルールというものが存在するというのは、その個人レベルの「嫌な気持ち」を上回るほどの『価値』がそこにあると多くの人に考えられてきたからです。1990年代ごろから、さまざまなところで、「無駄なルールをなくそう」「規制緩和だ」といった声が聞かれるようになりましたが、個人レベルの「嫌な気持ち」を強調しすぎると、それらのルールが有していた『価値』を見失ってしまいます。私の会計制度の研究の目的は、人間の生き死ににかかわる重大な問題のひとつである「お金の世界」に焦点をあてて、ひとつひとつのルールにどのような背景があり、それらがどのようなことが期待されて作られたものなのかについて歴史的事実を正しくまとめたうえで、時代の変化にあわせて変えるべきもの、変えるべきでないものを見極めていこうとするところにあります。
医療法人会計の研究
研究の背景
医療法人は、病院、診療所等を開設することを目的として設立された法人です。現在、「医療法」では、営利を目的とする個人および法人が病院、診療所等を開設することが認められていないため、個人が法人格を取得して(法人成りして)病院、診療所等の開設・運営を行っていくためには、営利法人たる会社ではなく、医療法人によることが一般的な選択肢となっています。
医療法人の経営は、都道府県によって指導・監督されています。医療法人の会計も、もともとは都道府県に対して行う報告のために行われるものでした。しかし、2000年代の公益法人制度改革を受け、非営利法人についても、営利法人と同じように広く社会に情報を公表し、社会からの監視によって、その経営を監督されるべきとの考え方が優勢になりました。2006年の「医療法」改正以降、医療法人が都道府県に対して提出した計算書類は、その都道府県に請求することで誰でも閲覧できるようになっています。また、計算書類に記載される情報の質を確保するため、一定規模を超える医療法人については専用の会計基準が定められ、公認会計士または監査法人による会計監査も行われています。
医療法人の経営状況は、国民が受けることのできる医療サービスの質にも、また、国民、とりわけ現役世代の経済的負担の量にも影響を与えるため、国民生活に影響を与える事項のひとつであることは間違いありません。しかし、株式会社の株主のように、一般国民がその経営に口出しできるわけではありませんし、どれだけの公費を投入するかも国が決めることです。一般国民には、医療制度全体に対する興味・関心はあっても、個々の医療法人の経営状況を気に掛けるだけの動機はありません。そのような状況のもとで、医療法人の会計に関する情報公開を通じた経営監視はどれだけ機能するのでしょうか(しないのでしょうか)。
研究成果
- 「インターネットを利用した医療法人の事業報告書等の閲覧に係る各都道府県の方針の違いに関する実態調査」、和光経済、第56巻第3号、2024年3月29日、1-10頁。
- 「医療法人における対関係事業者取引の事業報告書等を通じた実態把握の限界」、和光経済、第56巻第1号、2023年8月10日、1-13頁。
- 「経過措置型医療法人に対する留保金課税の導入に関する検討」、和光経済、第55巻第2号、2022年12月20日、1-13頁。
- 「医療法による『関係事業者との取引の状況に関する報告書』における情報開示の現状と課題-第7次改正『医療法』施行初年度の開示状況調査をもとに-」、和光経済、第54巻第2・3号、2022年3月8日、9-26頁。
- 「医療法人に係る会計ディスクロージャー制度のねらいとその限界-会計情報に対する『世間からの目』の違いに着目して-」、和光大学経済経営学部『現代に問う経済のあり方、経営のあり方(和光大学経済経営学部55周年記念 研究論文編)』、創成社、2021年3月9日、所収、195-210頁。
- 「医療法人グループ会計における資本手続-医療法人が他の医療法人に資金拠出をした場合の処理-」、和光経済、第52巻第1号、2019年12月25日、1-10頁。
- 「医療法人グループ会計における連結範囲の画定基準」、和光経済、第51巻第2号、2019年2月28日、11-20頁。
- 「医療法人会計における連結会計の必要性」、地域ケアリング、第20巻第8号、2018年7月、99-101頁。
- 「医療法人会計基準が診療報酬の適正化に果たす役割」、社会保障研究、第2巻第4号、2018年3月25日、566-577頁。
リンク集
- 法令
- 厚生労働省ウェブサイト(会計関係)
- 厚生労働省ウェブサイト(会計以外)